「数年後には、仕事を辞めてもいいし、パートやアルバイトに変えてもいい」
最近、夫からそんな言葉をかけられるようになりました。ありがたい話なのに、素直に喜べない自分がいます。
仕事を辞める不安は、お金だけではなく、収入が減ることや、居場所、名前、そして自分らしさにもつながっているのだと感じています。
夫に「仕事を辞めてもいい」と言われて感じた不安の正体
本当に、ありがたい話だと思います。
もちろん、資産状況や家族のこと、体調のことなど、数年後には今とは違った状況になっている可能性もあります。
ただ、現在の見通しでは、数年後に私が仕事を辞めても大きな問題はなさそうな経済状況に近づいている、ということのようです。
けれど同時に、「そんなことをしたら、夫と対等な関係でいられなくなるのではないか」という悩みが頭をよぎりました。
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自分で稼いだお金を、自分で使う。
これまで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなったらどうなるのだろう。
正直、夫から生活費とは別に自由に使えるお金をもらったとしても、全然足りない気がします(笑)。
やりたいことや欲しいものがあるなら、自分で稼ぐのが当たり前。そんな価値観の中で生きてきたので、収入が減る未来を考えると、どうしても不安になります。
仕事を辞める不安は、収入が減ることだけではない
仕事を辞める不安は、単純に収入が減ることだけではありません。
- 自分の権限で動かせるお金が少なくなること。
- 働かない自分が想像できないこと。
- 仕事を手放した後の世界が、なんとなく怖いこと。
そして、義母と同居している今でさえ、休みの日に自分の居場所に迷うことがあるのに、家にいる時間が長くなったらどうなるのだろう、という現実的な心配もあります。
どれも大きな問題ではないように見えるかもしれませんが、私にとっては簡単に片づけられない不安です。
それでも、働き続けてもいいし、少しゆるめてもいいし、辞めてもいい。そんな選択肢を持てるようになりつつあるのは、今までの私が頑張ってきた証でもあるのだと思っています。
だからこそ、簡単には決められないのかもしれません。
仕事を辞めた後の自分を、身近な誰にも重ねきれない
私の義母は、結婚以来、一度も働いたことのない専業主婦です。
義父が亡くなってからは遺族年金を受け取り、家の中の家事をある程度こなした後は、テレビを見て過ごす。それが本人にとっては楽しいようです。
今は息子夫婦と同居しており、ある意味、今後の人生において大きな不安が少ないようにも見える暮らし方なのかもしれません。
一方で、私の実家の母は、公務員として定年まで勤め上げ、退職しました。
社交的で友人も多く、70歳を目前にした今でも「女子会」を楽しむくらいの気力と体力があります。
けれど、母をこの先の人生のロールモデルにするのも、私には少し息が詰まるように感じます。とてもではないけれど、同じようにはできません。
対照的な2人を見て、私が思うのは「どちらも違う」ということです。
- 義母のように、家の中で過ごす時間が中心になる人生も違う。
- 母のように、定年まで働き続け、他人と頻繁に交流する人生も、私には少し重い。
では、自分はどうしたいのか。
その答えを、今まさに探している途中なのだと思います。
収入が減る不安と、週3〜4日で働く理想の暮らし
仕事に関しての理想は、完全に手放すのではなく、ある程度は働き続けることです。
できれば週3〜4日で、16時頃には仕事を上がりたい。
そんなわがままが許されるのだろうか。フルタイム正社員で働いている今の私には、到底、想像もできない世界です。
明るいうちに帰宅できることなんて、年に何回あるのだろう。
今のように、波はありつつも、ラクとは言えない仕事をあと何年続けるのだろう。
とはいえ、別の仕事をしたとしても、単純作業やルーティン化された仕事は「つまらなさそう」とも思ってしまいます。
今の職場で、時短勤務か、もしくはパート勤務になれないだろうか。そんなことも考えています。
正直、今の職場がこの先どうなるかも分からないので、今の仕事に一区切りがつくところまで続けるのも悪くないのかもしれません。
会社側の方針がいつどのように示されるかは分かりません。なんだかんだで存続していく可能性もあります。
結局、タイミングは自分だけではどうにもできないのだと思います。
仕事と旧姓が、自分のアイデンティティになっていた理由
あくまで私個人の意見ですが、結婚をして苗字が変わったとき、免許証や銀行の通帳を眺めながら、何となく心にぽっかり穴が空いたような喪失感があったのも事実です。
ただ、仕事だけは旧姓で続けています。
特に隠しているわけではありません。機会があれば、今の苗字はこうですと普通に伝えています。
それでも、職場は30年以上名乗ってきた苗字を使い続けられる、唯一の場所でもあります。
だからといって、結婚後の苗字が嫌なわけではありません。成り行きでそうなっただけです。
ただ、次に別の場所で働くことになれば、旧姓を使う機会はなくなるかもしれません。
仕事上では、結婚後の10年間も含めて、約40年間名乗ってきた名前を手放すことになる。
それが思っていた以上に、自分の中で大きいのです。
私の場合、今のところ仕事上は旧姓の通称使用で大きな問題はありませんでした。
けれど、仕事とはある意味、自分自身のアイデンティティを形作っているものの一つなのだと思います。
それを手放すには、やはり思い切りが必要です。
とはいえ、夫婦別姓について強い主張があるわけではありません。私の場合は、今のところ仕事上で旧姓を使えていたことが大きかったのだと思います。
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仕事を辞めた後の時間を、楽しみにできるのか考える
幸いにも、私にはやりたいことがまだたくさんあります。
- パソコンを触ること。
- 写真を撮ること。
- 本を読むこと。
- 旅行のことを考えること。
そういう時間をもっと持てる未来は、決して悪くないのかもしれません。
けれど今は、それを上回るほどの不安が先に立っています。
働かない自分を、まだうまく想像できないのです。
仕事を辞めることも、パート勤務になることも、たぶん悪いことではありません。
むしろ、これまで頑張ってきたからこそ選べる未来なのだと思います。
それでも、収入が減ることや、自分の名前、自分の居場所を少しずつ手放していくような感覚があるから、簡単には「では辞めます」とは言えないのかもしれません。
同じように、仕事を辞める不安を抱えている人の中には、お金のことだけでは割り切れない気持ちを持っている人もいるのではないでしょうか。
まとめ:仕事を辞める不安と収入が減る未来を考える
夫から「仕事を辞めてもいい」と言われるのは、ありがたいことです。
けれど、そこにはお金だけではなく、自分の役割や名前、居場所をどう受け止めるかという課題もありました。
いずれにせよ、まだ少し先の話です。状況が変われば、またこのブログにも記録を残していきたいと思います。
皆さんは、「仕事を辞めてもいい」と夫に言われたら、あっさり辞められますか?
それとも、私のように悩みますか?
