何者にもなれなかった30代後半・子なし妻が、それでも今の人生に満足している理由

ひとりごと

こんにちは。沖縄出身・関東在住のSannie(サニー)です。X(旧Twitter)Instagramのフォローもよろしくお願いします。

ありがちだけど、20代の頃、自分はきっと何者かになれると思っていた。

具体的に何になりたかったかと言われると、正直うまく答えられないのだけれど、なんとなく、今より少しすごい自分。今より少し輝いている自分。

そういう漠然としたイメージが、いつも頭のどこかにあった。

30代を終えようとしている今、振り返ってみると、あのころ思い描いた「何者か」には、どう考えてもなれていない。

でも不思議なことに、後悔というものがない。むしろ今、自分の置かれた状況には、かなり満足している。

この記事では、そんな私のリアルをそのまま書いてみようと思う。

もし今、20代のころの自分と今の自分を比べて、少しだけ胸がざわつくなら。たぶんこの話は、他人事じゃない。

「普通」という重力に気づかなかった20代

20代というのは、可能性という言葉が本当に軽かった。

なにかになれる気がしていたし、なにかになれない理由も特に見当たらなかった。

あのころの私には、いわゆる「普通の人生」へのロードマップなど、まるで頭になかった。

仕事で成果を出して、いい人と結婚して、子どもを産んで、家を建てて。そういう人生設計は、自分とは別の話だと思っていた。

もっと普通とは違う、特別な人間になれると思っていた。

今思えば、何を考えているんだという話だったけど、片田舎で生まれ、田舎に息が詰まり、今とは違う人生を探したいともがいていたのかもしれない。

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何者にもなれなかった。それでも後悔がない理由

30代後半になった今、客観的に見て「何者か」になれたかと聞かれれば、正直なれていない。

SNSで見かけるような、華やかなキャリアも、起業話も、受賞歴も、何もない。

でも後悔がないのは、なぜだろう。

たぶん、気づいたら自分の手で選んできたからだと思う。

大きな決断も、小さな選択も、誰かに言われたからではなく、その時の自分が「これでいい」と思って選んできた。

結果として何者にもなれなかったとしても、その積み重ねは、確かに自分のものだ。

歳を重ねて思うのは、「今が一番楽しい」を更新し続けているという事実だ。

それに気づいたとき、胸の奥にたまっていたものが少し軽くなるような感覚がある。

子なし・共働き・30代後半。私の「恵まれている」の中身

仕事がある。自分の自由になるお金がある。優しくて頼れる夫がいる。

時間が許せば行きたい場所へ行けるし、欲しいものはだいたい買える。

親への孝行だって、それなりにできていると思う。

こう書き並べると、かなり恵まれている方だと自分でも思う。

子どもがいない分、経済的な余白がある、というのも正直なところだ。

共働きで子どものいない夫婦、いわゆるDINKsと呼ばれるスタイルは、日本でも静かに広がっている。

個人的には、「子なし」や「DINKs」というワードは強すぎる気もするのであまり好きではないけど、客観的に見るとそのカテゴリーに入るのでしょう。

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国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査(2021年)では、妻45〜49歳の夫婦のうち、子どものいない夫婦が9.9%とされている。数字の上では少数派でも、同じ境遇の人がいることは確かだ。

かつては「子どもがいない夫婦=かわいそう」という空気があったように思う。

でも今は、そういうまなざしも、少しずつ薄れてきた気がする。少なくとも私の周りでは。

産む産まない問題から解放されて、気づいたこと

30代の10年間、「産む産まない問題」はずっと頭の片隅にあった。

真剣に悩んでいたわけではないし、強く欲しいと思ったこともなかった。それでも、完全に無視もできなかった。

「まだ決めなくていいか」と先送りしているうちに、40歳手前になった。

気づけば私の中では、「産む」よりも「産まない」に気持ちが寄っていた、というのが正直なところだ。

厚生労働省の人口動態統計(2023年)では、第1子出生時の母親の平均年齢は31.0歳で、1990年(27.0歳)から上昇している。晩産化が進んでいるとはいえ、40歳という節目は、やはりひとつの区切りになる。

悲しいわけでもなく、開き直っているわけでもなく、ただ、そういうことだった。

最初から、それが答えだったのかもしれない。

今の満足を守るために、考えておきたいこと

満足している今があるからこそ、この先のことも考えるようになった。

子どものいない夫婦の老後は、子どもがいる場合と違う設計が必要だ。

老後の介護や、どちらかが先に逝った後のこと。頼れる人間関係をどう築いていくか。

こういったことを、まだ元気なうちに、夫婦でちゃんと話しておきたいと思っている。

目下の興味は「遺言書」だ。40代のうちに作っておきたいと思っている。

お金の面では、早いうちから動いている。NISAやiDeCoの活用、生命保険の見直し、万が一のための医療費の備えなど。

子どものいない夫婦には、その分を丸ごと老後資金に回せるというメリットがある。

日々のお金の使い方については、いつか別の記事に書きたいと思う。

不安に備えながら、今日を楽しむという選択

この先、何か不安が生まれてくることも、きっとあると思う。親の介護、自分の健康、夫婦関係の変化。考え出せばきりがない。

でも今の私は、備えることと楽しむことは、どちらかを選ぶものではないと思っている。備えるのは、今を安心して楽しむためだ。

「何者かになれなかった」という事実は変わらない。

でも今の私には、仕事があって、信頼できる夫がいて、自分のペースで生きられる日常がある。

それは、じゅうぶんすぎるくらい、豊かな人生だと思っている。

何者かになれなかった自分を、悲観的に思う必要はない。

同じように感じている人が、この文章を読んでいてくれたら、少しうれしい。

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