私には、1歳下の、結婚をしていない弟がいます。
浮いた話を聞いたことがないので、両親や親戚は“心配”して、「早く結婚しなさい」と繰り返し口にします。
親の気持ちも分かりますが、多様な選択肢がある現代の日本において、相手が望んでいない言葉をしつこく浴びせるのは、本当に正解なのでしょうか?
親世代の方に向けて、私が感じていることを綴ってみたいと思います。
かつての自分と重なる“結婚しろ”の呪縛
私も会話の中で、相手のパーソナルを知るために「結婚してる?」「子どもいる?」と尋ねることはあります。
でも、その返答を聞いたあとに「独身なら早く結婚したほうがいいね」とか、「結婚したら子どもを早く産んだほうがいい」とか、「子どもが1人なら、2人目も早く欲しいでしょ」なんて発想にはなりません。
他人から無意識に投げかけられるデリカシーのない言葉。
独身時代に「早く結婚しなさい」と言われることの多かった私は、あのありがた迷惑な感じを、今もよく覚えています。
そして結婚後は、「子どもはまだか」という口撃を受けました。今まさに、その時期さえも過ぎ去ろうとしています。今度は一体、何と言われるのか。(笑)
今後のことについては、こちらの記事でも触れています👇
子どもがいない人生って実際どう?リアルな暮らしと将来の見通し
「結婚=幸せ」じゃない。時代とともに変わる生き方の価値観
昔は「結婚して当たり前」だった時代が確かにありました。
でも今は、独身を楽しむ人、事実婚を選ぶカップル、同性同士で暮らす人など、多様な生き方が認められるようになってきました。
一方で、その多様性を「認めたくない」という人たちの価値観も、ある意味ではまた1つの“多様性”なのかもしれません。
話は少しずれますが、私自身は「夫婦別姓」にはあまり賛同できません。
また「同性婚」については、自分に直接関係のある話ではないので、正直どちらでもいいと感じています。
こうしたスタンスも含めて、それぞれの価値観があっていいと思うし、
すべてのことに明確な意見や興味を持たなければいけないわけでもないと思うのです。
そんな時代において、「独身でいること」が本当に「悪いこと」や「かわいそうなこと」なのでしょうか?
その人が自分らしく、幸せに生きているのなら、それ以上に他人がとやかく言う必要はないと私は思っています。
将来が不安?結婚を勧める親心
弟には本当に浮いた話がないので、親戚の間では「もしかしてゲイなのでは?」と心配する声があがったこともあります。
「ゲイだったら心配」って、それもまた時代錯誤だなあと思うわけですが…。
そもそも、誰を好きになるかなんて、他人が口を出すことじゃないですよね。
うちの両親は、「同性でもいいから、誰か支えてくれる人がいた方が安心」と思っているようですが(本心は分かりませんが)。
私たちには、自由気ままに暮らしてきた男性の親戚がいて、晩年はその妹が沖縄と関東を行き来しながら介護に奔走し、最終的には沖縄に連れ戻して面倒を見ているという“今も続く大変な現実”があります。
このあたりについては、こちらの記事でも触れています。
👉子どものいない夫婦、賃貸で老後は不安?住まいの選択を考える
その姿を見ている両親が、弟の将来を心配するのは当然かもしれません。
でも、たとえ親であっても、本人が嫌がることを言い続けるのは違うと思います。「親だから何を言っても許される」わけではないですよね。
親にとって子どもはいつまでも子どもかもしれませんが、子どもにとっては、自身が大人になれば、対等な「大人同士」という認識に変わっていくのではないかと思います。
その辺りの認識のズレから、歯車が狂ってしまうこともあるのだと思います。
心配と干渉の境界線。きょうだいだからこそ築きたい関係
私が弟に対して決めていること。それは「聞かれたくないであろうことには触れない」ということです。
結婚していようが、していまいが、弟は弟。家族であることに変わりはありません。
いつでも気軽に話せる関係を、家族だからこそ大切にしたいと思っています。
「親に相談すると、結婚の話ばかりされるから面倒で話したくない」なんて思って、そこから両親と疎遠になったという人も少なくないのではないでしょうか?
身内であっても、一定の距離感や配慮は必要だと感じています。
以前、90歳を超えた知人が「子どもたちがまったく来てくれない。さみしい」と話していたのを思い出します。
恐らく、その方は長年、子どもたちに「嫌だ」と思わせるような言葉を言い続けていたのでしょう。
自分の発言が招いた結果であるとしたら、ある意味、自業自得とも言えるのかもしれません。
まとめ|独身でも結婚しても、自分の人生は自分で決めていい
「長男だから」「年齢的にそろそろ」などのプレッシャーが、本人にとってどれだけ負担になるかは、経験した人にしかわかりません。
「結婚していない=可哀想」という時代では、もはやありません。
独身でも、結婚していても、幸せな人もいれば、そうじゃない人もいます。
大切なのは、他人の価値観を押しつけず、自分で決めた人生をどう歩んでいくか。
きょうだいだからこそ、干渉せず、でも困った時には頼れるような、ちょうどよい距離感を持っていたいと私は思っています。
弟がどんな人生を選んでも、私は応援していますし、今後もその姿勢は変わりません。
